山下達郎とは?

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(やました たつろう、1953年〈昭和28年〉2月4日 - )は、日本のシンガーソングライターで、ミュージシャン。
日本における旧来の愛称はヤマタツ。
外国語のクレジットでは Tatsuro を Tatsuもしくは Tatsと綴ることがある。
東京都豊島区池袋生まれ。
妻は竹内まりや(シンガーソングライター)。
現在所属するレコード会社はワーナーミュージック・ジャパン。
現在所属する芸能事務所はスマイルカンパニー、および、妻と共同経営する個人事務所(著作権管理用)のテンダベリー&ハーヴェスト(山下側の企業は株式会社テンダベリーミュージック)。
ビーチ・ボーイズ マニアとまで言われる程ビーチボーイズに詳しく、山下達郎が影響を受けたのは、多くがブライアン・ウィルソンとビーチ・ボーイズのようなアメリカン・ポップス・ロックのミュージシャンからであった。
自分のアルバムにもビーチ・ボーイズのカバーをしている。
また、日本におけるドゥーワップの熱心なファンの一人であり、知識も豊富である。
自分自身のヴォーカルを多重録音する「1人ア・カペラ」という手法を用いることでも知られている。
彼は他にソフト・ロック、ブルーアイド・ソウル、コーラス・グループ、スウィート・ソウルなどのファンでもある。
ジェームス・ブラウンやガレージ・ロックも好むなど、音楽の趣味は幅広い。
なお、萩原健太とならび、日本におけるビーチ・ボーイズ・ファンの代表格である。
音楽作りに対する拘りと独自の制作姿勢から「音の職人」とも称される。
レコーディングではボーカル・バックコーラスのほか、編曲からギター、コンピューターの打ち込み、シンセサイザー、パーカッションまで1人で手掛けている。
全ての演奏を1人で行っている楽曲もある。
特にギターのリズムカッティングを得意としている。
アコースティック感の強い作風を持ち味とするが、最新技術を活用する方針のため、アナログからデジタルまでカバーする幅広いノウハウを持つ。
大貫妙子らと共にシュガー・ベイブを結成し、アルバム『SONGS』(1975年)でデビューした。
プロデュースを手掛けた大瀧詠一のナイアガラ・レーベルでは、日本コロムビア時代の作品に、コーラスやストリングス・アレンジで参加。
特に大瀧のソロ・アルバム『NIAGARA MOON』(1975年)や『NIAGARA CALENDAR』(1977年)に深く関わっている。
また、自身の作品制作の傍ら、1975年頃から、他のシンガー、ミュージシャンへ楽曲提供を始めた。
小杉理宇造を通じてジャニーズ事務所との繋がりもあり、近藤真彦の「ハイティーン・ブギ」(1982年)、KinKi Kidsのデビュー・シングル「硝子の少年」(1997年)や「ジェットコースター・ロマンス」(1998年)などのヒット曲を出しているほか、ジャニーズ所属タレント出演作品の主題歌も多く手がけている。
大瀧同様、レコード・CDコレクター、オーディオマニアであり、特にロック・R&B・ポップスについて造詣が深く、アナログ盤はオリジナルを中心に収集しており、所蔵総数は6万枚を超える。
海外では作品リリースを行っていなかったが、2010年代のヴェイパーウェイヴのブームで作品が発掘され広まった。
ちなみに、山下達郎がバックトラックを作成した竹内まりや作の「プラスティック・ラブ」は、2021年現在、非公式動画ながら海外のリスナーを中心にYouTubeで合計1億回以上再生されている(詳細は「プラスティック・ラブ#「ジャパニーズ・シティ・ポップ」」参照)。

引用:Wikipedia:データベース

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