吉行和子とは?

このエントリーをはてなブックマークに追加
格安SIM・格安スマホの楽天モバイル変えるだけで利用料金が半額から1/3に。
吉行和子のプロフィール・画像・写真(0000000473)
吉行 和子(よしゆき かずこ、本名 同じ、1935年8月9日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優、エッセイスト、俳人。 父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行 ...

吉行 和子(よしゆき かずこ、本名 同じ、1935年8月9日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優、エッセイスト、俳人。
父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり。
兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人の吉行理恵。
私生活では28歳のときに結婚するも、4年ほどで離婚。
以降は独身で通している。
子供はなし。
2歳で小児喘息を患い、病弱な子ども時代を過ごす。
父は和子が4歳のときに死去、母は美容師として働いていたため、ひどい喘息の発作が起こると、岡山の祖父の元に預けられていた。
1954年に女子学院高等学校を卒業。
卒業前に劇団民藝付属水品研究所を受験し入所。
女優になるつもりはなく、絵を描くことや裁縫は得意だったことから「衣装係にでもなれれば」と思って受験したところ、思いがけず女優候補として採用された。
1955年に初舞台を踏む。
1957年には民藝所属となり、『アンネの日記』のアンネ・フランク役に抜擢され主役デビューする。
しかしその後は、地味な「農民の娘」役ばかりであったという。
1969年、33歳で民藝を退団してフリーになり、1974年の舞台『蜜の味』は、紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した。
舞台女優としては、34年後の2008年、『アプサンス〜ある不在〜』を最後に舞台から引退することを表明したが、舞台が好評を博したため、2009年にアンコール公演が決まった。
吉行自身はこのことに関して「女優って嘘つきですね」とコメントしている。
一応、この作品のアンコール公演をもって舞台は引退するというが、その撤回も考えていると、2009年出演の『徹子の部屋』でその複雑な胸中を明らかにした。
一方、1955年に津島恵子主演の映画『由起子』で映画デビューする。
1959年に日活と契約し、同年の『にあんちゃん』『才女気質』の演技で毎日映画コンクール女優助演賞を受賞する。
1978年に性愛を大胆に扱った大島渚監督の『愛の亡霊』に主演して(40歳を過ぎての出演には周囲の反対があった『週刊アサヒ芸能』2012年6月28日特大号 「熟裸身を堪能する映画ベスト10」)世間を驚かせ、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。
『折り梅』などで2002年毎日映画コンクール田中絹代賞を受賞した。
『おかあさんといっしょ』の「おはなしこんにちは」のコーナーでお話のお姉さんとしても活躍。
文筆の世界では、1983年にエッセイ集『どこまで演れば気がすむの』を出版し、1984年の第32回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。
2000年の母の日に贈った五行歌は『朝日新聞』で大きく紹介された。

引用:Wikipedia:データベース

吉行和子のツイート

吉行和子に関するみんなのツイート

このエントリーをはてなブックマークに追加
年月別メニュー
全てのキーワードを見る
新着キーワードメニュー

人気キーワードランキング