ロヒンギャとは?

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ロヒンギャ問題とは何か:民主化後のミャンマーで変わったこと、変わら ...
バングラデシュに逃れるロヒンギャ族、川岸に20人以上の遺体

■2019年4月24日
【スリランカ】IS犯行声明は「次」の導火線になるか―パリから学べること(六辻彰二)
スリランカ同時多発テロ事件でISが犯行声明を出したことは、それ自体が大きな意味をもつ。それによってアルカイダの活動が触発される懸念が大きいからだ。それはパリの事例から学ぶことができる。続きを読む

■2019年4月23日
謎多きスリランカ同時多発テロ-疑問だらけの事件を振り返る(六辻彰二)
判明している事実は多くないが、スリランカでの同時多発テロ事件には奇妙な点が多すぎる。これらをつなぎ合わせると、疑惑の目をウィクラマシンハ首相に向けざるを得ない。続きを読む

■2019年4月18日
同盟国という名の敵-リビア内戦をめぐるフランス・イタリア対立(六辻彰二)
リビア内戦では国連が承認する政府と敵対する武装勢力を支援する国もあり、そこには西側先進国の一角フランスも含まれる。これはリビアに権益をもつイタリアとの摩擦を招いており、同盟国間の争いも激化している。続

■2019年4月14日
「独裁者」が二度失脚したスーダン―「アラブの春」との違いとは(六辻彰二)
北東アフリカのスーダンでは、「独裁者」が抗議デモで失脚した後、その後を引き継いだ「独裁者」もわずか一日で失脚した。この背景には、抗議デモ隊が隣国エジプトでの失敗から学び、教訓を活かしたことがある。続き

■2019年4月08日
アルジェリア大統領の失脚―「反独裁」抗議デモを不安視する各国政府(六辻彰二)
大規模な抗議デモに直面していたアルジェリア大統領が辞任したことは、一見したところ「民主主義の勝利」に映る。しかし、実態は「トカゲのしっぽ切り」に近く、多くの国はこれで幕引きになることに利益がある。続き

■2019年4月04日
NZテロ実行犯が献金していたアイデンティタリアン運動とは何か(六辻彰二)
クライストチャーチで50人を殺害したタラント容疑者は昨年、アイデンティタリアン運動に約15万円寄付していた。ヨーロッパの防衛を叫ぶこの勢力は、国境を越えた白人至上主義の拠点となりつつある。続きを読む

■2019年3月25日
シリアIS占領地消滅でアルカイダは復活するか-三つの不吉な予兆(六辻彰二)
シリアでISの勢力が衰えるのと入れ違いに、一度は目立たなくなったアルカイダが息を吹き返し始めている。その背景には、カリスマ的リーダーの登場、サウジアラビアの方針転換、欧米諸国の失点がある。続きを読む

■2019年3月21日
NZテロをなぜ犠牲者遺族は許したか―トルコ大統領が煽る報復感情との比較から(六辻彰二)
トルコ大統領はモスク襲撃をイスラーム世界への攻撃と批判するが、その言動からは多くのムスリムとより白人右翼との共通性を見出せる。これは少なくとも犯人を「許す」と言った犠牲者遺族に寄り添うものではない。続

■2019年3月16日
ニュージーランド大量殺人の衝撃―国境を越える白人右翼テロ(六辻彰二)
ニュージーランドで発生したモスク襲撃事件は、白人右翼テロが各地に飛散する状況を物語る。白人至上主義者はイスラーム過激派とイデオロギー的に対極にあるが、その共通性は徐々に大きくなっている。続きを読む

■2019年3月11日
「アラブの春」再び? 中東で広がる抗議デモの嵐(六辻彰二)
中東・北アフリカでは政府に対する抗議デモが各地で発生しており、その構図には2011年の「アラブの春」との類似性を見出せる。とりわけアルジェリアやスーダンでの政変は、シリア内戦にも影響するとみられる。続

■2019年3月05日
なぜ右傾化する高齢者が目につくか―「特別扱いは悪」の思想(六辻彰二)
右傾化する高齢者は、若い頃にはそれまでになく進歩的と目された世代である。進歩的な若者と右傾化する高齢者という、一見全く異なる立場は、この世代に特有の「反権威主義」によって結びつけられている。続きを読む

■2019年3月03日
世界が直面する核の危機-印パ和平を阻む宗教ナショナリズムとは(六辻彰二)
核保有国であるインドとパキスタンの緊張は、パキスタン側からの和平の働きかけにもかかわらず、一向に収まる気配をみせていない。そこには、両国で高まる宗教ナショナリズムの影響がある。続きを読む

■2019年2月26日
なぜサウジアラビアは中国に急接近するか-背に腹はかえられない3つの理由(六辻彰二)
中国とサウジアラビアが急接近している。ムハンマド皇太子の訪中は、両国の関係が、冷戦時代からの微温的なものから大きく転換する可能性を示している。その場合、ユーラシアの地政学的条件は大きく動くとみられる。

■2019年2月23日
テロリストの「帰国ラッシュ」―元IS戦闘員への帰還拒否は何も解決しない(六辻彰二)
イギリス政府がISの元戦闘員の国籍を剥奪したことは、「テロリストへの厳しい対応」とも映るが、実際にはイギリス政府の矛盾に満ちた対応と傲慢さを示す。それは問題の根本原因を見ないものでもある。続きを読む

■2019年2月20日
迷走するトランプ政権~北朝鮮とは交渉のための交渉を、シリアからは撤退のための撤退を(六辻彰二)
アメリカ軍が支援するシリア民主軍が、シリアにおけるIS最後の拠点の一つバグズを攻略すれば、トランプ大統領は華々しい「成果」としてこれを強調するだろう。しかし、実際には、アメリカの得るものは少ない。続き

■2018年12月30日
トランプ氏がシリア内戦を終わらせるか?―見捨てられたクルド人の決断(六辻彰二)
クルド人がトルコ軍からの攻撃を受け、アサド政権に支援を求めたことで、シリア内戦は大きな転機を迎えた。ロシア主導のシリア内戦終結が視野に入ったが、入れ替わりにアメリカの混迷はさらに深まったといえる。続き

■2018年12月26日
中国に追い抜かれた国連分担金―経済大国から魅力大国への転換期(六辻彰二)
国連分担金の比率で日中が逆転したことを嘆く声もあるが、これを経済力のみに頼った外交から脱皮する好機と捉えるべきだろう。経済力は国際的な影響力の一つの源だが、経済力の大きさと影響力はイコールではない。続

■2018年12月16日
日本政府の二枚舌―ウチとソトでの「移民」の使い分けがもたらす矛盾(六辻彰二)
政府が「移民政策ではない」と強調する改正入管法が成立した2日後、日本政府は国連の会議で移民の権利保護を約束した。その内容はともかく、ウチとソトでの言動の不一致は、「高貴なウソ」として認められるのか。続

■2018年12月10日
中国に出荷されるミャンマーの花嫁―娘たちを売る少数民族の悲哀(六辻彰二)
ロヒンギャ危機で注目されたミャンマーでは、ロヒンギャ以外の少数民族も困苦にあえいでいる。特に立場の弱い女性が「子どもを産む道具」として海外に売られることは稀でなく、中国は大きな「市場」になりつつある。

■2018年12月02日
右派でも左派でもないことの限界―イエローベストに揺れるフランス(六辻彰二)
「右派でも左派でもない」ことを強調し、経済改革を進めてきたマクロン大統領は、今や右派と左派から挟み撃ちになっている。そこには、特定の勢力の隙間の支持を集めながらも、その他を顧みない政権の危うさがある。

ロヒンギャ2万人無人島で孤立 | 2017/9/1(金) 9:24 - Yahoo!ニュース
[コックスバザール(バングラデシュ) 31日 ロイター] - 少なくとも過去5年で最悪の状態となったミャンマー北西部の武力衝突から、数万人の少数民族ロヒンギャ族が避難するなか、バングラデシュ国境警備隊...- ロイター- 1時間前
ミャンマーの少数民族ロヒンギャ、衝突受け多数が隣国に避難 - BBC ...
ロヒンギャ2万人、無人島で孤立 川岸に子どもらの遺...- 朝日新聞デジタル- 53分前
“アジアのユダヤ人”ロヒンギャ族がミャンマーで迫害される理由:イザ!
子ども含むロヒンギャ17人の遺体発見、バングラへ避...- AFPBB News- 4時間前
ロヒンギャの画像や写真をYahoo!画像検索で見る

ロヒンギャとは、ミャンマーのラカイン州(旧アラカン州)に住む人々である。
英語や現地ミャンマーではロヒンジャ、隣国タイ王国ではロヒンヤと発音される - 一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター - 地域研究コンソーシアム。
* 11世紀 パガン朝成立。
* 16世紀 タウングー朝成立。
アラカン人によるベンガル人の拉致が横行。
* 17世紀 ベンガル人がアラカン王国で隷属化に。
* 1752年 コンバウン朝成立。
* 1784年 アラカン王国がコンバウン朝に併合され消滅。
* 1799年 ビルマ人の迫害により、アラカン人が英領インドへ難民化。
* 1824年 第一次英緬戦争。
* 1826年 「ヤンダボ協定」締結。
アラカン西部のチッタゴンを英領インドに割譲。
* 1828年 アラカン州をアキャブ,チョクピュー,サンドウェイの3郡に分割。
* 1852年 第二次英緬戦争。
英領インドは下ビルマを併合。
* 1879年 飢餓が発生したことから、ベンガル人のビルマへの大規模移住が開始。
* 1885年 第三次英緬戦争。
* 1886年 コンバウン朝滅亡。
英領インドの一州として完全植民地化。
* 1887年 英国はベンガル系移民に対する農地の貸借契約を承認。
* 1911年 20年前に比べ、アラカン人口が80%近く上昇。
* 1913年 アラカン人とベンガル系移民との間で土地訴訟が発生。
* 1937年 英領インドから分離。
* 1939年 アラカン国民会議(ANC)が西部一帯を事実上統治。
* 1941年 30人の志士から成る国民義勇軍(BMI)結成。
* 1942年 日本軍の侵攻で英軍が後退。
* 1943年 反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)結成。
* 1944年 日本軍の撤退で英軍が再侵攻。
「アラカン会議」開催。
* 1945年 反ファシスト人民自由連盟が抗日運動開始。
* 1946年 アラカンの東パキスタン統合が拒否され、ベンガル系移民のムジャヒッド蜂起。
* 1947年 「アウンサン=アトリー協定」締結も、アウンサン暗殺。
* 1948年 「ビルマ連邦」独立。
「ムジャヒッドの乱」でアラカン人とベンガル系移民との抗争が激化。
* 1951年 「全アラカン・ムスリム協議会」においてムスリム国家の設立を表明。
* 1954年 ミャンマー=日本間で「平和条約」に調印* 1960年 アウンサンの後継ウーヌは、アラカン人に独立国家の樹立を容認。
* 1962年 ネウィンによる軍事クーデタ発生。
ビルマ式社会主義体制へ。
* 1972年 「ロヒンギャ民族の解放」を唱える会議を開催。
* 1974年 国号を「ビルマ連邦社会主義共和国」に変更。
* 1978年 ビルマ当局は「ナーガミン作戦」を各地で展開。
* 1982年 「市民権法」でベンガル族を除くムスリム(ロヒンギャ)を非国民として規定。
* 1985年 アウンサンスーチーが日本の京都大学東南アジア研究センターで客員研究員に。
* 1987年 国連から「低開発国(LDC)」指定。
「1982年市民権法」施行により、ロヒンギャの国籍剥奪。
* 1988年 「8888民主化運動」発生。
ソオマオン主導のSLORC(国家法秩序回復評議会)による軍政移管。
* 1989年 再び国号を「ミャンマー連邦」に変更。
* 1990年 総選挙実施でNLD(国民民主連盟)が圧勝するも軍政は結果を反故。
亡命政府「NCGUB(ビルマ連邦国民連合政府)」設立。
* 1991年 アウンサンスーチーがノーベル平和賞受賞。
ロヒンギャの第一次難民化。
* 1992年 ミャンマー=バングラデシュ間で「難民帰還覚書」を交換。
軍政がタンシュエ麾下に。
* 1995年 カレン族の拠点基地であるマナプローが陥落し、カレン族の多くがタイ領へ大量避難。
* 1997年 軍政がSPDC(国家平和発展評議会)に改組。
ロヒンギャの第二次難民化。
* 1998年 ミャンマー=バングラデシュ間で「難民帰還協定」を締結。
* 2004年 バングラデシュ政府はミャンマーからのロヒンギャを不法移民に認定。
* 2006年 ネーピードーへ遷都。
ロヒンギャの一部がクォータ難民としてカナダで第三国定住。
* 2007年 「サフラン革命」発生。
タイ当局はラノーンで拘束したロヒンギャを強制送還。
* 2009年 ロヒンギャのボートピープルがタイ海軍によって強制送還。
* 2010年 国旗と国号を「ミャンマー連邦共和国」に変更。
アウンサンスーチー解放。
* 2012年 ヤカイン州で仏教徒とイスラム教徒が衝突。
アウンサンスーチーは介入を避ける。
* 2015年 インドネシア・マレーシア・タイがロヒンギャを含む漂流難民の一時的受け入れ施設の設置で合意。

引用:Wikipedia:データベース

ロヒンギャに関する動画

  • ※機械的に抽出しているため、必ずしもロヒンギャに関連のある動画ばかりではありません。

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